「お香について簡単に教えてほしい。」
そのようなご要望にお応えすべく、「お香について」というタイトル・内容で資料を作成致しましたのでご紹介させて頂きます。
最近お香への興味を持ち始めた方にも、永くお香をお使いの方にも、わかりやすい資料になるよう工夫致しました。お香についてご理解を深めて頂く一助となれば幸甚です。
Ⅰ. お香とは
1. 種類
Point
一般的に香木・線香・焼香など、香りもの全般を指すが、狭義には香木(伽羅・沈香・白檀等)のみを指すこともある。
- 香木(沈香)
- 香木(白檀[乱])
- 練香(ねりこう)
- 印香(いんこう)
- 線香
- 焼香
- 渦巻線香
- 掛香(かけこう)
- お座敷香
- 塗香(ずこう)
- 匂い袋
方法 | 原材料 | ||
---|---|---|---|
火・熱 | 原木・割った状態 | 刻んだ状態 | 粉末状 |
火を使わず香らせる | 香木(白檀) | 掛香文香匂い袋 | 匂い袋塗香抹香 |
間接的に熱を加える | 香木(加羅/沈香/白檀) | 香木(加羅/沈香/白檀) | 抹香印香練香 |
直接火をつける | 香木(加羅/沈香/白檀) | 香木(加羅/沈香/白檀)焼香 | 印香線香(薫物線香・香水線香)線香(長尺線香・墓参線香)渦巻線香お座敷香 |
2. お香の焚き方
Point
お香に加えられる熱が高ければ高いほど、香りを発する時間が短くなり、香りの広がりが早い。
低温聞香(もんこう)
- 香炉を掌で覆い、掌中に溜まった香りをじっくり観賞する(=聞く)方法。主に香木が用いられる。
- 香炉の灰の中に火が回った炭団を埋め、灰の山を作る。山頂から炭団への空気穴を1本作り、山頂に銀葉(雲母板)、その上にお香を置く。
空薫(そらだき)
- 部屋等の広い空間へ香りを漂わせて楽しむ方法。主に香木、練香、印香が用いられる。
- 香炉の灰の中に火をおこした炭を軽く埋めて灰を熱する。熱くなった灰の上にお香を置く。
高温直接お香に火を付ける
3. 香りの表現
Point
味の表現と同じ「五味(甘、酸、辛、鹹、苦)」を使用。
五味 | 読み | 意味 | 具体的なイメージ |
---|---|---|---|
甘 | かん | あまい | 蜂蜜の甘さ |
酸 | さん | すっぱい | 梅干し等のすっぱさ |
辛 | しん | からい | 胡椒、唐辛子等の香辛料の辛さ |
鹹 | かん | しおからい | 昆布等の海藻を火にくべた時の磯の香り |
苦 | く | にがい | 柑橘類の皮を火にくべた時の苦さ |
※ 一般的な味の基本五味は、「甘味、塩味、酸味、苦味、うま味」とされており、香りの五味とは少し異なる。
Ⅱ. 日本のお香の歴史
飛鳥時代仏教とともに日本へ伝来
- 538年仏教伝来
- 焚香料を使用した「香」が伝来し、仏教儀礼で用いられ始める。(それまでは杉や檜等の自然の香りが中心)
- 595年淡路島に沈香木が漂着
- 「漂着した木を島民が焚いたところ、驚くほどの芳香を放ったために朝廷に献上し、聖徳太子がそれを沈香木と鑑定した」と日本書紀に記述あり。
奈良時代間接的に熱を加える焚き方が始まる
- 753年鑑真和上が来日
- 仏教の戒律とともに、香料やその配合技術、煉香の製造方法が伝わる。それまでの香は供香(直接火にくべる焚き方)のみだったが、煉香によって間接的に熱を加える焚き方が加わった。
平安時代趣味として香りを楽しむ文化が成熟
煉香が「薫物」として発展し、貴族たちの間で流行。彼らは香料を自ら調合し、独自の香りを創出。薫物を部屋や衣裳に焚き込め、移り香を楽しむようになる。
薫物はやがて香りやその背景の優劣を比較する薫物合わせに発展。
鎌倉・室町時代香の主役が薫物から香木(沈香)へ
交易の発展に伴い、多種の良質な香木が流通し、趣味としての薫物に代わり香木が普及し始める。特に伽羅や沈香は価値が高まり、蘭奢待(後述)などのように権力の象徴的側面を持つようになる。
- 香道の誕生
- 足利義政が所有する莫大な量の香木を分類する必要に迫られ、「六国五味(※)」という分類法を編み出し、用具や聞香方法も様式化して香道が誕生する。
(※) 六国:伽羅、羅国、真南蛮、真那伽、佐曽羅、寸門陀羅、 五味:甘、酸、辛、鹹、苦
江戸時代香の一般大衆化が進む
政治経済が発達・安定したこともあり、香木の使用が一般社会にも及び、香道も武士のみならず、有力町人層にも広がりを見せる。趣味から芸道へ。
- 線香の製造
- 大陸から輸入した線香が16世紀半ばから普及し始める。17世紀末頃から現在と基本的に同じ製造方法での国産化が始まる。
線香が宗教儀礼から一般家庭に至るまで広く普及する。
現代多様な香りが求められる
文明開化の影響や大きな戦争を経験していく中で、これまで築き上げてきた香の文化が衰退。その後、徐々に見直されつつ今日に至る。
最近では香木(伽羅、沈香、白檀)の希少価値が増していく一方、人それぞれの好み、生活スタイルに合った香りが求められています。
Ⅲ. お香の原材料
- 伽羅
- 沈香の中で最上品質のもの。沈香と異なり、熱しなくても芳香を放つ。元来ベトナム等の熱帯雨林で採取されたが、現在はほぼ入手困難。
- 沈香
- 樹木の中の樹脂が年月を経て凝固したもの。熱せられると芳香を放つ。凝固した樹脂が多ければ多いほど良質で、色も黒い。
- 白檀
- 主にインド等で栽培されており、甘く爽やかな香りが特徴的。熱しなくても芳香を放つこともあり、線香や匂い袋のみならず、仏像等の彫刻、扇子、念珠など、幅広く香材として用いられている。
- 伽羅
- 沈香
- 白檀
伽羅 | 沈香 | 白檀 | |
---|---|---|---|
主な採取地 | ベトナム、カンボジア等 | インドシナ半島、インドネシア等 | インド、インドネシア、マレーシア等 |
香りの特徴 | 甘酸辛鹹苦が融合、熱しなくても香る | 酸味や甘味が融合、熱せられると香る | 甘く爽やか、熱しなくても香る |
効能 | 鎮静 | 鎮静 | 鎮静、防虫 |
御香としての用途 | 香木 | 香木、線香、焼香等 | 香木、線香、焼香、匂い袋等 |
現況 | 新たな採取は困難 | 人工的な沈香の研究開発が進行中 | 良質な白檀の希少価値が高まる |
小売価格(参考) | 1g:40~50千円 | 15g:3~50千円 | 15g:1~3千円 |
香木伽羅 / 沈香 / 白檀
Point
形状は場面に応じて使い分けるのが良い。
- 割(わり)
- 香木の幹・枝・根などの硬く太い部分を斧などで四角く割ったもの。儀礼や催事、茶会等の非日常的な場面での空薫に用いられることが多い。
- 刻(きざみ)
- 香木の枝・根・表皮などの小さかったり柔らかい部分を刻んだもの。焼香や日常の空薫などで用いられることが多い。
- 木(ぼく)
- 香木の枝・根・表皮など、そのままの形のもの。刻と同様、日常的な場面で使われることが多い。使う際は、自分で小刀等で削るなどして好みの大きさに切り分けてから使う。
- 割(わり)
- 刻(きざみ)
- 木(ぼく)
その他の天然原材料
- 丁子(ちょうじ)
- フトモモ科の木の蕾を乾燥したもの。主な産地は東アフリカ地方。香辛料としても利用される。クローブ。辛味や甘味が強い。
- 甘松(かんしょう)
- オミナエシ科の草本の根や根茎を乾燥したもの。主な産地は中国。甘いが酸味もある。
- 桂皮(けいひ)
- クスノキ科の木の樹皮を乾燥したもの。薫香用は中国広南やベトナム産が多い。シナモンやニッキは同類だが生産地が異なる。酸味、苦味。
- 大茴香(だいういきょう)
- モクレン科の木の果実を乾燥したもの。主な産地はインドシナ北部や中国南部。香辛料としても利用される。スターアニス。酸味・辛味。
- 丁子(ちょうじ)
- 甘松(かんしょう)
- 桂皮(けいひ)
- 大茴香(だいういきょう)
- 山奈(さんな)
- ショウガ科の草本の根茎を乾燥したもの。主な産地は中国。辛味や酸味が強い。
- 藿香(かっこう)
- シソ科パチョリの全草を乾燥したもの。主な産地はフィリピンやインドネシア。辛味が強い。抽出オイルが香水に使用されることもある。
- 麝香(じゃこう)
- チベット等に生息するジャコウジカ(雄)の腹部の香嚢から得られる分泌物を乾燥したもの。現在はワシントン条約で国際取引が禁止中。
- 龍脳(りゅうのう)
- フタバガキ科の木を水蒸気蒸留し、昇華・冷却した後に出来る結晶。主な産地はスマトラ等。酸味が強い。防虫、中枢麻痺作用を有する。
- 山奈(さんな)
- 藿香(かっこう)
- 麝香(じゃこう)
- 龍脳(りゅうのう)
Ⅳ. 線香ができるまで
製造工程
Point
品質を一定にするためには「攪拌(かくはん)→成形」が特に重要
原材料
(沈香や白檀などの粉末)
- 調合
- 匂香
- 攪拌
- 完成
- 乾燥
- 成形
- 匂香(においこう)
-
- 原材料を調合した香りの源。
- 使う原材料の種類、使用量(割合)等によって、完成時の香りが変わる。
- 第香(だいこう)
-
- 杉やたぶ(椨)等の木の粉末。
- 水を加えると粘る性質を持ち、形を保持するためのつなぎとして使用。
- 杉はキメが細かくて火の渡りが良いが、杉自体の香りが強くクセがある。
- 薫物線香には主にたぶ粉が使われる。
香りのポイント
Point
香りは「匂香」によってほぼ決まる
匂香には数種類~数十種類の原材料を使用。
線香の種類に応じて、原材料の種類・使用量を使い分ける。
一般的に、高級な線香であればあるほど匂香の中に占める高級な原材料(沈香や白檀等)の割合が大きく、沈香や白檀の中でも質の高いものを使用している割合が大きいが、香りの好みは人それぞれであり、値段と香りの好き嫌いは必ずしも比例しない。
- お座敷香
- 印香
※ お座敷香や印香は、線香を成形する前のものを円錐形や花形の型に押し込んで作る。
Ⅴ. 香道まめ知識
蘭奢待(らんじゃたい)
Point
東大寺大仏建立(752年)の際に中国から取り寄せ、供されたとされる日本随一の名香(時期は諸説あり)。また、蘭奢待は雅号で、正式名称は黄熟香(おうじゅくこう)である。
出典:宮内庁ホームページ(http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000012162)
時代の権力者たちの蘭奢待への関心は高く、足利義政、織田信長、明治天皇らが香片を削り取ったことが文書や痕跡に残る。
全長は約1.5mもあり、「蘭奢待」という文字の中に、「東大寺」という文字が隠れており、名付けに関する当時の工夫が窺い知れる。
源氏香
Point
源氏物語をテーマに、香木の香りの聞き分けを競い合う「組香」の代表的存在。
- 組香の段取り
- 5種の香木から5粒ずつ切り取り、1粒ずつ小さい紙で包む。
- 合計25個の包みから無作為に5包を選び出し、1包ずつ焚いて香りを観賞。
- その香りの異同を判定し、正解数を競う。
- 回答方法
- 5包の香の中で、どれとどれが同じか別々か、同じ香を繋ぎ合わせた図形で回答。
- 回答の組合せが52通り
- 源氏物語全54巻のうち、巻頭「桐壺」と巻末「夢浮橋」を除く52の巻名がそれぞれの図柄に付されている。
- 回答例
- 1番目と3番目、2番目と4番目が同香である時 = 花散里(はなちるさと)
3番目と4番目が同香である時 = 明石(あかし)
1番目と5番目、2番目と4番目が同香である時 = 真木柱(まきばしら)
源氏香之図
- 帚木(ははきぎ)
- 空蝉(うつせみ)
- 夕顔(ゆうがお)
- 若紫(わかむらさき)
- 末摘花(すえつむはな)
- 紅葉賀(もみじのが)
- 花宴(はなのえん)
- 葵(あおい)
- 賢木(さかき)
- 花散里(はなちるさと)
- 須磨(すま)
- 明石(あかし)
- 澪標(みおつくし)
- 蓬生(よもぎう)
- 関屋(せきや)
- 絵合(えあわせ)
- 松風(まつかぜ)
- 薄雲(うすぐも)
- 朝顔(あさがお)
- 乙女(おとめ)
- 玉鬘(たまかずら)
- 初音(はつね)
- 胡蝶(こちょう)
- 蛍(ほたる)
- 常夏(とこなつ)
- 篝火(かがりび)
- 野分(のわき)
- 行幸(みゆき)
- 藤袴(ふじばかま)
- 真木柱(まきばしら)
- 梅枝(うめがえ)
- 藤裏葉(ふじのうらば)
- 若菜(上)(わかな(じょう))
- 若菜(下)(わかな(げ))
- 柏木(かしわぎ)
- 横笛(よこぶえ)
- 鈴虫(すずむし)
- 夕霧(ゆうぎり)
- 御法(みのり)
- 幻(まぼろし)
- 匂宮(におうのみや)
- 紅梅(こうばい)
- 竹河(たけかわ)
- 橋姫(はしひめ)
- 椎本(しいがもと)
- 総角(あげまき)
- 早蕨(さわらび)
- 宿木(やどりぎ)
- 東屋(あずまや)
- 浮舟(うきふね)
- 蜻蛉(かげろう)
- 手習(てならい)
香十徳
Point
漢詩。お香の効用を称え記したもの。日本では一休禅師が広めたとされている。
- 感格鬼神:感は鬼神に格(いた)り(感覚が研ぎ澄まされ)
- 清浄心身:心身を清浄にし(心身を清らかにし)
- 能除汚穢:よく汚穢(おわい)を除く(汚れ穢れを取り除く)
- 能覚睡眠:よく睡眠を覚まし(心地良い目覚めを誘い)
- 静中成友:静中に友と成り(静けさの中に安らぎをもたらし)
- 塵裏偸閑:塵裡(じんり)に閑を偸(ぬす)む(多忙な時も心を和ませ)
- 多而不厭:多くして厭わず(多くあっても邪魔にならず)
- 寡而為足:寡くして足れりと為し(わずかでも満足を与え)
- 久蔵不朽:久しく蔵(たくわ)えて朽ちず(いつまでも変わらず)
- 常用無障:常に用いても障りがない(常に効力を発揮する)